「自分を信じて!」と言われたり、

「己との戦い」という言葉があったり、

同じ「自分」なのに敵になったり味方になったり、人間って本当に複雑ですよね。

かくいう私は、大抵「自分」とは敵対しているような気がします。

自分に対してはなぜか「これでもか」というくらいに厳しくて、目に付くのはダメなところばかり。

でもそういう人って少なくないと思うんです。日本人は特に。

あなたはどうですか?

 

人間は感情の生き物。

嬉しいこと、悲しいこと、イライラや嫉妬、罪悪感に安心感、不安、無力感、達成感・・・あらゆる出来事に対して生まれる「感情」たちと一瞬一瞬を共にしながら暮らしています。

その感情によって行動を左右されることってかなり多いと思うのですが、なかなか意識して見つめる機会ってないですよね。

「つながれた象」のお話はご存知でしょうか。

サーカスで幼いころから鎖で繋がれていた象のお話です。

小さな体で何度も逃げようとするけれど、杭はなかなか抜けません。そしてやがて逃げようとすることをやめてしまいます。大きくなってからも、ずっと力も強くなっているのに、それでも逃げようとしない。

幼いころにできなかったことから「逃げられない」「杭は抜けない」と信じてしまっているために、もはや逃げようともしないというお話です。

悲しいですよね。

あんなに大きくて力強いのに、心がその力そのものを封印してしまってる。

リスクから自分を守ろうとするのは人間の本能だから、「頑張ったのにダメだった」という辛い記憶は、当然この像のように「トライすることをやめて自分を守ろう」と働きます。

 

私は幼いころから褒められた記憶があまりありません。

怒られた記憶はたくさんあるんです。そのせいか、自分を褒めることも苦手で、褒められるのも苦手。

幼い頃の記憶でかなり鮮明に覚えている出来事があります。叱られた記憶です。

3才頃だったと思います。

保育園の床に、黒いクレヨンで自分の名前を書いた私。

自分の名前、書けちゃうんもん!とものすごく誇らしくて、たまらず床に名前を書いてしまったんです。

先生はカンカンでした。

もともと怖い先生だったのですが、もうこっぴどく叱られました。

私はとても悔しくて、ささやかな反抗から雑巾ではなく自分のハンカチでせっかく書いた自分の名前を拭きました。

真っ黒になったハンカチ。

せっかく書いたのに。お名前かけたのに怒られた。〇〇先生、嫌い!という無言の反抗です。

この反抗心、今思うと「よくやった!」って思います。

先生よりもずっと自分を信じることができていたあの頃。

それなのに、叱られ続けて「自分を信じる自分」、「私は間違ってない」と思える自分がどんどん小さくなってしまったんですね。

 

大人になってからは、誰かに叱られる前に自分でしっかり自分を叱る癖がついていました。

感情は記憶に少なからず影響されるものだと思います。

だからこそ、忘れてはいけないのが「感情」は事実ではない、ということ。

つながれた象も、「試しても逃げられない」と過去の経験から思い込んでしまったから、行こうと思えばどこにでも行ける大きくて強い体があっても逃げることができなかった。

でも大きく成長した象にとって、「逃げられない」という思いは事実ではないということ。

思い込みというのは、「そういうものなんだ」と信じているものだから、何かきっかけがなければ「事実と違うかどうか」なんて考えることもなかなかないと思います。

自分が思う「自分」と他人から見た「あなた」は全く違うかもしれない、というかきっと違う。

スーパーヒーロー、キャプテン・アメリカを演じるクリス・エヴァンズのインタビューがとても印象的だったのですが、じつは失敗することが怖くて当初キャプテン・アメリカ役のオファーを断っていたそうです。端からみると力強くて、完璧とも見えてしまう人も不安不安で「自分には無理だ」という思い込みの鎖でつながれていたんですね。

あるインタビューでその頃のことを語っている場面があったのですが、とても印象的だった彼の言葉。

「怖くて仕方ないことこそ、もしかしたらやるべきことなのかもしれない、と思うようになったんだ。」

周りの励ましやセラピーを経て、そんなふうに思うことができるようになり、キャプテン・アメリカ役を引き受けたからこそある今の姿。

彼は鎖を断ち切ることができたんですね。

「あの時役を引き受けていなかったら、きっとものすごく後悔していたよね。」と言いながら見せる笑顔が本当に優しくて素敵でした。

 

「あの人だからできること」

「またどうせ続かない」

「まだ今の自分にはは早すぎる」

こんな鎖に繫がれて、新しい世界に踏み込むチャンスを見逃さないで欲しいな、と思いながらこれを書いています。

つい最近私も「私には無理だ」と思う機会がありました。不安で不安で「私なんかにできるかな」って鎖でがんじがらめになりつつも、依頼してくださった方のために勢いで引き受けたお仕事です。

今はアップアップしながらも、とても充実した気持ちでいます。まだまだ始まったばかりで前途多難ですが、始める前が一番怖くて、踏み込んでみると「なんとかなる」ことって少なくないと思います。

まずはやってみる。

そしたら案外できちゃった。

その繰り返しでいいと思うんです。出来栄えが満足いくものではなかった、とか予定通りに進まなかった、うまくいかなかった、それはさておき。

やってみた、1歩踏み出すことができた、もうそれだけで以前とは違う景色が見えるはずだから。

「無理かもしれない」

「怖いからやめておこう」

いつの間にか自分をつないでしまっている「思い込み」という鎖。

思い切って一歩踏み出したら、あっさり鎖は切れてしまうかもしれませんよ^^