初めまして!

東北生まれの東北育ち、超がつくほどシャイでスボラなイギリス在住二児のママ、Mooks(ムークス)です。
日本、アメリカ、そしてイギリスと暮らし、働き、出産を経験し、現在イギリスで子育てしながら起業しています。

イギリスに来たばかりの頃は月収12万ほどで保育園での仕事を始め、その後英企業に転職。顧客管理、マーケティング、担当エリアの損益管理、チームマネジメント・・・と経験を積み、渡英から8年で英国企業のシニアマネジメント職に就任しました。

ここまで書くと、順調に見えますが、当時の私は心身ともに疲れ切っていました。

現在はフレキシブルなライフスタイルを実現できている私ですが、過去何度か「人生やり直し」を経験しています。

今に至るまでの私の半生、ほんの少し紹介させていただきますね。

 

全てが変わった日

イギリスに来たのは2011年の東日本大震災がきっかけでした。当時茨城にイギリス人の主人と、もうすぐ1歳になる長女と幸せに暮らしていました。

育休からもうすぐ職場復帰、という時に起こった震災。

車の中で強い揺れを感じ、自宅に近づくと地割れした道路、水道管から吹き出す水。自宅の駐車場のアスファルトも大きくひび割れていました。

ただの地震ではない、と本能的に察し、家に駆け込んでおむつや必要な身の回り品を掴んですぐに避難所へ向かいました。

そんな日に限って自宅に携帯を忘れて仕事に出かけてしまった主人。長女を抱きかかえながらもう2度と会えないのでは、とても怖かったのを覚えています。

水道も使えない日々が続き、ちょうど主人の故郷イギリスに帰ることになっていたので震災の1週間後、家族3人逃げるように渡英しました。

その後、自宅が原発に近いことや、主人の地震後のトラウマも大きかった上、小さい娘のためにもイギリスにとどまることとなりました。

それまで築いてきたものも、日本でのキャリアも全て捨てて。「再スタート」をやむなくされたのがこの時です。

イギリスでの再出発

イギリスに長期滞在するためにはに日本で「エントリークリアランス」という入国査証を受ける必要があります。

日本を出た時には、予定通り数週間後には帰ってくるつもりでしたので、もちろん取得していませんでした。まだ長女の授乳中だったので、娘を連れての帰国は言語道断、娘と離れるという選択肢も私の中にはありませんでした。事情を全て説明し、イギリスにいられるようイギリスの移民局へ滞在申請をしたのは4月。ビザ取得には厳しく、通常の申請ですらかなり時間がかかるイギリス。申請から4ヶ月後、家族を引き離すことはできないというEU協定のおかげで「特別」に滞在許可がおりました。

その時の私のステータスは「難民」でした。留学生でもビジネスビザでもない、特別に許可された滞在権。

それでも居場所をくれたイギリスという国には感謝しきれなかったです。

晴れて働くことができるようになり、すぐに近くの保育園での仕事に応募し、翌週には働けるようになりました。

 

大黒柱、限界に

地震に慣れている日本人にも衝撃的だった震災は、イギリス人の主人にとって大きなトラウマとなり渡英後も発作などに悩まされることがありました。子煩悩でよく娘の面倒をみる育メンで、主夫としてしっかり娘を見てくれる中、私は保育園から英企業へ転職。家族を支えるべくとにかく仕事に専念しました。

上司にとても恵まれ、新たな挑戦の機会も与えてもらいながら、昇進を何度か繰り返し、エリア責任者まで昇りつめました。そんな時に待望の2人目に恵まれ、まさに幸せの絶頂でした。やっとここまでこれた、と。

ところが産休から戻ってからが地獄の日々でした。

仕事自体はやりがいがあり、カジュアルな職場でスタッフとも楽しく仕事ができていましたが、何をやるにも否定的な一部の同僚からのいじめが始まりました。ほんの数人ですがそれまで同士と思っていた人たちでしたのでとても辛かった。私が変わってしまったのか、彼女たちが変わったのか?とにかく自分が無力だから、と責め続ける日々。

さらに、自分は大丈夫と思っていた震災後のショックがこの時期に表面化し、フラッシュバックに悩まされるように。

感情のコントロールもできない、不安で、自分が価値のない存在に思えてこのまま消えてしまいたい、と思ったこともありました。

子どもたちも、主人も、私がいない方がきっと幸せだ、と。

思い切ってカウンセリングを受けることを決め、数ヶ月の待機期間を経て、CBT(認知行動療法)を受けられることになりました。治療を受けている数ヶ月間も同僚からのいじめが続き、毎日自分を鼓舞しながら毎朝なんとか出社していました。

自分を責め、家族に辛く当たってしまう、とても辛い時期。
逃げたくて逃げたくて、仕方がなかった。
転職も考えましたが、家族を養うためにもなかなか踏み出せずにいました。そんな中でもCBTのおかげで少しずつ気持ちが楽になり、自分のために使う時間を持つことの大切さを思い知った気がしました。毎週あるアポイントメントでは、セラピストと1対1で向き合って1週間の自分の記録を一緒に見ながら全て話します。1時間、私のためだけにそこにいてくれるセラピストに本当に救われました。

 

再々出発のとき
セラピーを終え、フラッシュバックもなくなり感情も少しずつ安定し、職場でのいじめもある程度やり流すことができていた頃でした。

会社からのリストラ通告が。
本来なら「どん底状態」のはずですが、ある程度のショックはあったものの、とてもすっきりしていたのを覚えています。変わらなければいけないことがわかっているのに、身動きが取れずにいた自分。
まさに誰かが背中を押してくれた、そんな気持ちでした。
同時期にネットビジネスの存在を知ったおかげもあり、これまで閉じていた世界が一気に開かれたようで、退職するのが待ち遠しかったです。

 

そして、今。

今ではネガティブな人間関係を絶って、家族優先、自分主導の働き方・生き方を実現しています。
通勤で渋滞に巻き込まれることも、無駄な会議の行ったり来たりも、同僚の悪口を延々と聞かされることもない、穏やかな日々。
現状から逃れられずにいた自分の背中を押してくれたのが奇しくも会社からのリストラでしたが、セラピーで自分と向き合った時間がなければ前向きに捉えることは難しかったかもしれません。
きっともっと自分を責めて、家族にあたっては後悔、自己嫌悪の繰り返しを延々と続けていたもしれません。
カウンセリングを受け、セラピーを終えたことは大きな節目になりましたし、何よりも自信につながった気がします。「今まで隠してきた、ごまかしてきたことにちゃんと向き合えた」と。
主人にも家事をお願いしたり、自分1人でが頑張ろうとすることを少しずつやめて、疲れた時には疲れたと言う、シンプルだけど、私には大きなステップでした。
だからこそ、これからも大丈夫。なんとかできる、と思えた気がします。

振り返ると「人に尽くす人生」だった様に思います。家族、他人に関わらず、自分のことは後回しで常に相手を喜ばせることに徹する、尽くすタイプでした。

いじめにあっても、自分を責めるばかりで自分の気持ちを優先することができませんでした。

だからこそ、あのカウンセリングの時間は本当に尊いものだったと思います。初めて自分のために選んだ、自分のために使う時間。自分を癒すためだけの時間。

現状に苦しんでいる方はたくさんいると思います。それでも自分のことを後回しにしてしまう。

そんな人が最優先される場所を作りたい、そんな思いでこのブログを立ち上げました。

あなたはあなたのままでいい。そう言い合える場所を作りたくて。
疲れたとき、背中を押して欲しいとき、ただ、話を聞いて欲しいとき。

ぜひ、あなたのためだけの時間を作ってください。

私はいつでもここにいます。

Mooks